社会福祉士の仕事

働く社会福祉士の小言

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2015/06/08(Mon)

人生を支える事について考えてみました。


季節外れのコスモスを発見!?
『人生』について。
人の人生を支える仕事は、『介護』と言うのか?説では『介助』と『看護』が合わさり『介護』と言う単語が完成したとも記載されている。介護の意味は、障害者の生活支援をすること。または高齢者・病人などを介抱し世話をすること。
世話をすること・・・
深く考える必要はあるのか、無いのか。
障害を持つこと、高齢になり自力では困難な行動があること、脳の病気により自由が奪われること、様々な事情を持った方の人生を支えることが、世話をすることになる。「お世話をさせて頂く」と丁寧に言っても私には疑問が生じる。もちろん価値観の違いがあるので否定するつもりはありません。
私は人の人生を支えていく仕事をしており、多くの高齢者や脳の病気により自力で行動したり、判断能力を奪われた人とも接しています。自宅で過ごし人と関わる時間よりも施設で人と関わる時間の方が長い人が殆どです。私がいつも気を付けているのが、『当たり前にならないこと』です。皆がそうではないと思いますが、私が訪れた様々な施設ではこの『当たり前』が存在している様に思います。当たり前とは。
『風景になる事の怖さ』を知る、と表現しています。人が生きている場所なのに「いつもこんな感じなんで」「また同じこと言ってる」等々、耳にすることがありますが、まさに風景になってしまっています。必死の緊急信号を風景になってしまっていることで見逃す危険性が存在します。人員が少ないから?業務が多いから?でしょうか。
まず当たり前を無くし、風景になってしまう環境を変えていかなくてはなりません。個々の人生と向き合っていく為には時間と気持ちが大切です。
今私は、施設を利用している利用者様やその家族との対話に重点を置いており、出来るだけ利用者様の情報を多く残しています。そこでは家族の欲しい情報が今私たちが残している情報では無いことが分かってきました。施設の経営は1割が利用者負担、残りの9割は行政の負担となります。行政のお金を使うことは勿論監査が厳しく存在します。監査で必要な書類を日々記録として残しています。しかし家族は決められた行事の記録や、体温、血圧、脈拍、食事量・・・等々、毎日私たちが当たり前の様に記録していた情報には関心が低く、今後の不安が多く存在しています。病状が進行し自宅での生活が困難になったらどうしよう、毎日同じことを言う繰り返しでノイローゼになりそう、等々。確かに不安になる気持ちは十分に理解出来ます。施設でのサービス内容が不透明で、余計に家族を不安にさせているのではないだろうか。そう言ったことから施設の職員として出来ることは、対話からの記録であり、認知症と一括りにされているが、症状の分類によって全く異なった対応方法があり、その知識を現場で生かすことだと思います。対話が困難な利用者様も多く存在していますが、人間であるからには日々の表情、呼吸の仕方、こちらの声は必ず届いています。変化を感じ取れることが人の人生を支えることになると思います。
私は、日々の対話から変化を感じ、それを記録することにより、その利用者様の人生の記録を大切に保管したいと思います。対話こそが私の考える介護であり、施設と言う場所で出会えた利用者様の人生を支える、またその利用者様の家族の人生を支えることになると思っています。
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2015/05/28(Thu)

素敵な書籍との出会い!

家庭のような病院を
私が働いている法人の医師から一冊の書籍を受け取り読んでみました。
感想が、今施設、病院で働いている職員なら是非読んでみる事をお勧めします!!
医療福祉の仕事について深く考えることが出来た貴重な時間であったと思います。
まず、今行っている高齢者への支援は何なのか?
私がこの仕事に就いたのは、人間の人生の最期を支えることが出来る、人間にしか出来ない仕事であったこと。困っている人に手を差し伸べることが出来る仕事であること。
でした、今もこの気持ちを忘れていません。しかしこの書籍を読んでいる時に自分の仕事内容を振り返ってみました。
本当に高齢者個々の人生を考えているのか?(この書籍では人生を『物語』と記載)
『すべては利用者様の笑顔の為に』とスローガンを掲げ、PR紙を作成し配布しています。勿論このスローガンは私が考えたもので適当に考えた訳でもありません。
確かに笑顔に焦点を当てている事業所になっていると思います。
在宅事業部では長く在宅生活を続けて行ける様に地域で連携を取り、対象者と家族を支えています。日中の活動風景の写真を撮り、家族に見せると「自宅では見せたことのない笑顔です」「遺影に使います」等、とても喜んで頂けています。
このスローガンが間違っているとは思いませんが、もう一歩踏み込んだ支援を行うことが可能なのではないか、と考えます。
人間には価値観の違いがあり、皆同じではありません。それが人間であり、生きている証拠です。心の触れられたく無い部分を、認知症患者だからと言って他人が土足で心の中に入り込んでもいいのだろうか?良いわけがない。
「信頼関係があるから」「いつも一緒だから」とよく介護現場では耳にします。どこに根拠があるのか・・・
介護記録を見ると、バイタルサイン・入浴の有無・排泄・食事・夜間の睡眠状況・処置内容・特記・等々が確認される。これが介護記録であり大切な観察記録になります。それと同時に対象者の人生の記録にもなります。家族も知らない記録です。
人生の最期を施設や病院で迎える時代になり、自宅で最期を迎える事が少なくなっています。その為か、葬儀などで対象者がどの様な生活をしており、最期はどの様に亡くなったのか知らない方々が多くなっています。人の死について知る機会が無くなっているのではないでしょうか?もし自分が最期の時を迎える時は自分が生きた人生を子供たちに知ってもらいたいと思います。
施設職員として対象者と出会い関わった時間、対象者の物語を家族に伝えることは使命なのではないでしょうか?今の介護記録を見てその対象者の人生を振り返ることが出来るのでしょうか?
今一度私は、出会った方々の人生を見つめ直し、個々の物語を伝える事ができる職員になりたいと思います。
2015/05/22(Fri)

最近の小言

社会福祉士として仕事を初めて、10年が経とうとしています。
在宅事業の生活相談員として稼働率の向上の為、様々な営業活動を行ってきました。日々忙しい業務の中で、通所介護計画書の作成、担当者会議の参加、機能訓練計画書の作成、請求処理、更新業務、施設の行事、日中の記録、等々。
限られた時間の中で上記に加え、外部への営業や施設に来て下さっている利用者さんへの対応を行うと一日何時間あっても足りません。
生活相談員だから、と言って書類業務を優先すると現場の職員との関係も悪化してきます。
私は現在の施設では初めて、信頼できるチームに出会う事が出来ました。しかし、在宅事業部はどこの地域でも利用者獲得合戦を繰り広げていると思います。県境の山の中腹にある施設である為、自宅から近くの施設を選ばれる方が多く中々利用者さんが集まらず苦戦しています。
サービスの質についても、今まで働いてきた施設の中でもトップレベルであると思っています。施設に来て頂いた利用者さんに最高のサービスを提供出来るよう日々鍛錬しています。
介護保険の改正で新しい加算が加わり、短時間の機能訓練型・認知症個別対応型・重度対応型など目的別の事業所があります。従来の特養併設7時間対応型の事業所が今後出来ることは何なのか、特養併設の事業所は重度対応型化へ進んでいくのか?

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Taka

Author:Taka
施設・病院で働く職員さん ようこそ!!

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